映画:ナイロビの蜂

   

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●原 題:The Constant Gardener
●製作年:2005年
●製作国:イギリス
●配 給:ギャガ・コミュニケーションズ
●時 間:128分

 この作品、公開された時は、割と批判的な部分もありました。イラク戦争に追随したイギリスへの批判とか、大きな社会的な陰謀への批判とか、社会派の映画なんですが、同時期に『グッドナイト&グッドラック』や『ミュンヘン』といった、実話を元にした映画を観たせいもあって、フィクションとしての社会批判って、ちょっとストレート過ぎないか……と。

『グッドナイト&グッドラック』は赤狩りに血道を上げるジョン・マッカーシー議員の問題点を、大衆の目に明らかにすることにテレビ司会者のエド・マローは成功しながらも、視聴率という大衆の欲望に添えなくなって挫折した部分とか、『ミュンヘン』は憎しみの連鎖がけっきょくは9.11テロまで連鎖していることなど、現実の残酷さが描かれていましたから。

監督は『シティ・オブ・ゴッド』のフェルナンド・メイレレス監督ですから、期待しすぎた部分があるのですが。あれから6年たち、世界の情勢が変わってきて、時代性から切り離した作品としてみたら、逆にぐっとくる部分が多くなった感じでしょうか。


 レイチェル・ワイズ演じる女医のテッサが、社会的な正義の実現という部分に対して強い意志を持っているのに対して、何故そのような人格が形成されたかの部分が描かれていないので、不満を感じた部分もあったのですが。実際、正義の実現のためには夫以外の男とネルのみ問わない、意志の強い女性として描かれています。

ただ、子供を流産してしまったことで、彼女が愛すべき対象が自分の子供という個人的なものから、これから生まれてくる子供たちの未来という、もっと大きなものにシフトした結果なんだろうなと。ココらへんは、取り上げる予定の『トゥモロウ・ワールド』などにも通じるテーマなんでしょうね。

彼女が死んだことによって、肉体としての夫婦関係が無くなったからこそ、彼女の遺志とかがもっと抽象的な、よく言えば浄化された存在となったか故に、レイフ・ファインズ演じる主人公のジャスティンを、無償の行動に駆り立てたのかなと。


 シナリオに不満があるとすれば、冒頭部分の時間軸がちょっとわかりにくいことでしょうか。自分だけかもしれませんが、ちょっと混乱しました。冒頭部分に『フック』と呼ばれる、観客を惹きつける派手なシーンを冒頭に持ってくる映画とか、時系列をバラバラに入れる手法は一般的ですが、

最後の告発の部分が、もうひとヒネリあっても良かったかな……と。主人公のジャスティンが、自分の生命と引き替えに組織の悪事が告発されるというような、仕掛けがあっても良かったと思うのですが。でも、それ以外はサスペンスの引き方も、アクションもレベルは高いですし、ラブストーリーとしてもちゃんと落とし込んであります。

また、ヨーロッパとアフリカをロケした映像美は美しく、コレは映画館の大画面で見れてう良かったなぁと、正直思います。生涯ベスト級とか言うわけではないですが、見て損のない佳作だったと思います。


   

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映画:Vフォー・ヴェンデッタ(ブイ・フォー・バンデッタ)

   


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●原 題:V for Vendetta
●製作年:2005年
●製作国:アメリカ
●配 給:ワーナー・ブラザース
●時 間:132分

 自分は映画『ウォッチメン』や『ブラック・スワン』の高い評価を見るたびに、「同じぐらい評価されてもいい作品があるのになぁ……」と、残念に思う作品があります。もちろん、両作品とも鑑賞しましたが、素晴らしい傑作でした。でも、それは自分が敢えて喧伝しなくても評価が定まっている作品ですから。

アラン・ムーア作品として、またナタリー・ポートマンが体を張った演技という点では、本作はもっと評価されていいのになぁと思うのです。新井英樹先生の『ザ・ワールド・イズ・マイン』への賞賛を読むたびに、OKAMA先生の『スクール』だって同じぐらい評価してくれたらいいのになぁと思うのに似ています。

本作は、アラン・ムーアによる固定化された社会への異議申立て、という点では『ウォッチメン』と通底する内容ですし、それを『マトリックス』で超越的な存在に管理された社会への異議申し立てを行ったウォシャウスキー兄弟が製作・脚本するのですから、おかしな作品にはなりようが無いのですけれどね。


 本作では、ナタリー・ポートマンが、スターウォーズまでの清純派やお姫様イメージを脱却しようとかなりチャレンジした作品なんですが、あんまり話題にならなかったですね。第三次世界大戦後の全体主義社会に異議申し立てをする、謎の怪人とヒロイン。復讐モノでもあり、ウォッチメンの洗練とはまた違う、アラン・ムーアの根源的な怒りが感じられます。

イギリスは、立憲君主制の国ですが、全体主義に対する根強い嫌悪感みたいなものがありますね。『ロビンソン・クルーソー漂流記』で知られるダニエル・デフォーあたりを嚆矢として、『動物農場』や『1984』などで知られるジョージ・オーウェルが、全体主義への恐怖を小説にした代表でしょう。

『1984』は、Macintosh発売にあたってのAppleの伝説のCMのモチーフになった作品ですが、全体主義社会を描いた作品の、ひな形になった部分がありますね。たぶん、別途触れるであろう『トゥモロー・ワールド』(原題:Children of Men)も、間違いなく『1984』のイメージをひな形にしている部分はありますね。


 全体主義は第二次世界大戦の敗者であった枢軸国の、ファシズムのメタファーにしやすいので、戦勝国であるアメリカやイギリスとしては、自分たちの正義を肯定する文脈で描きやすいという部分もあってか、モチーフにしやすいという側面があります。ただ、虐げられた側による社会変革(革命)というのは、共産主義との親和性があります。

では、共産主義とは何かといえば、もともとユダヤ人でありながらヨーロッパで生きるためにキリスト教に改宗した家系であるカール・マルクスが、本人は科学的な理論の上で構築したつもりだったけれども、実はユダヤ教とキリスト教の思想に無意識に影響を受けて作った、擬似宗教でもあります。

いやいや、マルクスは宗教はアヘンだと批判し、共産主義は無神論という、神を戴く宗教とは対極の思想だという人もいるかもしれません。残念ながら、マルクスは神は排除しましたが、虐げられた弱者が救世主に率いられて強者を打ち倒すという物語(構造)を、そのまま継承してしまっているのです。


 ユダヤ教は、戦争に敗れて奴隷として故郷から連れ去られたユダヤ人が、滅亡せずに民族の誇りを維持するために生み出された宗教であり、現在の不幸な状況は神に試されているのであり、そこで信仰を捨てずにいれば、最後の審判の時に自分たちだけが救われると解いた民族宗教です。乱暴なまとめ方ですが。

民族宗教から世界宗教になったと誇るキリスト教も、その構造を維持しています。キリスト教が、初期は貧しい庶民から浸透していったのは、弱者が辛い現実を耐えるには、適した構造を持っていたから。もっとも、権力を握った弱者は、強者に対して慈悲よりも苛烈な復讐を行うわけで、ソビエトや中国やカンボジアで繰り返された虐殺は、十字軍の昔からキリスト教にもある問題。

そのような、弱者による強者への怨恨を、思想家のセーレン・キルケゴールは《ルサンチマン》と名付けます。キリスト教の道徳とは、そのようなルサンチマンによって生み出されたと喝破したのが、ドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェで、その著作が『道徳の系譜』という作品です。同じような視点で描かれたのが、『チャタレイ夫人の恋人』で有名なD.H.ロレンスの『黙示録論』です。


 ロレンスの『黙示録論』は、「右の頬を打たれたら左の頬を差し出しなさい」というキリスト教の、腹の底にあるドロドロとした復讐心が形になったのが新約聖書の巻末を飾る黙示録の本質だと喝破し、これを訳した戦後最大の保守思想家とも呼ばれる福田恆存に大きな影響を与えたことでも知られます。

ロレンスの『チャタレイ夫人の恋人』は、日本でも猥褻文章かどうかで裁判になりましたが、キリスト教的な価値観や道徳観を破壊する目的で書かれたものですから、猥褻であって当然なんですけれどね。もっとも、現代のヘアヌードが氾濫するご時世では、とても猥褻と言うには刺激が弱くなっていますが。

『ウォッチメン』では絶対的な強者による支配の安定という逆説を描いたアラン・ムーアですが、本作はまだそこには至っていない、しかし全体主義的閉塞感を突破するのは、やはり異形の怪物であり、システムが生み出した息子であるという視点は、通底しているような。現在は女性になってしまっているらしいウォシャウスキー兄弟のお兄さんですが、彼(彼女?)の琴線に触れるモノが何だったのか、確認して損はない作品だと思います。

   

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映画:ブロークバック・マウンテン

   


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●原 題:Brokeback Mountain 
●製作年:2005年
●製作国:アメリカ
●配 給:ワイズポリシー
●時 間:134分

 2006年3月4日公開だった作品です。カウボーイとホモ・セクシャルという、禁断のテーマを扱った作品です。何しろカウボーイというのは、アメリカでは男らしさの象徴ですからね。アン・リー監督は2003年の超人ハルクを映画化した『ハルク』がオオコケしたんですが、この一本で一気に挽回しました。

ヒース・レジャーはこれでアカデミー賞の候補にもあがたのですが、まだ若いというのでハリウッドの内々の賞でもあるアカデミー賞では、後回しにされた感があったのですが、その後に急死。バットマンのジョーカー役は、ジャック・ニコルソンという名優の跡を受けての役でしたが、プレッシャーを乗り越え素晴らしかったですね。

己を偽っていくる男の姿というのは、状況は特殊ですが「許されない恋」という黄金パターン。ワイオミング州は保守的な土地柄ですし、主人公二人はそれぞれ家庭を持って子供も生まれるのですが、その二重性はやがて双方の家庭の破滅という形で訪れるわけで、これは世界中にある物語の祖型でもあります。


 例えば、日本が世界に誇る『源氏物語』を思い出してみてください。光源氏は亡き母・桐壺更衣への思慕の念から、父親の側室である藤壺更衣と恋愛に落ち、子供までなしてしまうわけですが、ココらへんの恋愛のあり方……表向きの生活と、裏に部分での秘密の共有という点では、非常によく似ていますね。

光源氏と藤壺更衣との間にできた子は後に冷泉帝となって帝位に就き、光源氏は位人臣を極めるにもかかわらず、自分の側室である女三宮と柏木の密通という形で、運命に復讐されるわけです。枝葉の部分を刈りこんでいくと、アメリカで現代作られたお話と、1000年以上前に日本で作られたお話が、共通項を持ちます。

物語をジャンルのレベルで見ると、そこを見誤ってしまいがちなのですが、物語は所詮、人間の生を描くものです。人間の心が紡ぐものです。心の動きに注目して読み解くべきです。例えばシェイクスピアの『オセロ』は、この『ブロークバック・マウンテン』や『源氏物語』の構造と丁度リバースの関係にあります。


 ヴェニスの軍人オセロは奸計にはまって妻デズデモーナの貞操を疑い、殺してしまうわけですが、存在する裏切りを隠すが破滅を迎えるのが『ブロークバック・マウンテン』や『源氏物語』だとすると、存在しない裏切りを疑ってやはり破滅するのが『オセロ』ということになりますね。両方共、心の動きが織り成す物語です。

物語というと、何やら大げさな仕掛けとか派手な心の動きが必要だと思い込んでいる読者も多いでしょうが、そうでは無いのです。単純に、つまみ食いしたことがバレそうになって隠そうとする小学生の心とか、逆に自分の物がなくなったことで他人を疑う部分とか、そういう日常でよくある心の動きも、根本は同じです。

そういう点が見えてくると、派手なシーンやアクションをいくら入れても感動できない作品というのは、心の動きが現れていないからというのが見えてきますね。怒りとか悲しみとか、巨大な心の動きがあって、それを間接的に表現するのがアクションであって、心の動きとセットになって派手な見せ場はココロに残るのでしょう。本末転倒の作品が多いんですが……。

   

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映画:ホテルルワンダ

  


●原 題:Hotel Rwanda MovieWalker紹介ページ
●製作年:2004年
●製作国:南アフリカ イギリス イタリア
●配 給:メディア・スーツ=インターフィルム
●時 間:122分

このページでは、喜多野土竜が実際に観た映画の中で、良かったものを紹介しようかと思います。と言っても、現在公開中の作品とかでは何かと差し障りがありますし、時間が経って最初の印象とは変わったものとかも多々あります。そこで、過去に観た作品の中で、年間150〜200本ほど観た中でも印象に残っているもの、評価は分かれるだろうけれどある種の人間には届く作品をピックアップします。

一発目は、2006年2月に観た『ホテル・ルワンダ』です。アフリカのルワンダ共和国で1994年、多数派のフツ族過激派が、少数派のツチ族や穏健派を100万人近く虐殺したとされるルワンダ紛争が起きます。虐殺数に関しては誇張だという指摘もありますが、いずれにしろ集団虐殺が起きたのは事実です。

もっとも、フツ族とツチ族といっても人種的な違いではなく、欧米が植民地支配に乗り出した近代、狙った国の内部対立に介入し、漁夫の利を得るというのがパターン。対立関係は支配後も温存しておいたほうが、植民地の不満を支配国ではなく被支配民に同士に向けさせることで当地が便利になります。武士同士を対立させて分断させた、お公家さん的手法ですね。



ツチ族は宗主国フランスの支配階層に組み込まれて、フツ族は貧困層が多く、そこで溜まった怨恨が爆発した形です。本作は、虐殺を逃れて海外資本の高級ホテルに逃げ込んできたツチ族の人々を、ホテルマンとしての自分にできることを最大限に駆使してかばい続けた、副支配人の実話を元にしています。

重要なのは、主人公のポールさんは、特別な人間ではないという点。有能なホテルマンであり、そこで身につけたトラブルへの対処能力や交渉術、時には手練手管とも言えるような手法も用いて、ホテルの客に尽くすという、小さな使命を全うしたことが、結果的に1268人の難民の命を守ったことです。

普通の人間であるポールさん、ふとしたはずみにプレッシャーに押しつぶされそうになったり、弱い部分も見せます。そこをドン・チードルが実に滋味豊かに演じきっています。状況は特殊ではありますが、普通の人が普通の努力の積み重ねで危機的状況を乗り切る。娯楽ではないかもしれませんが、日々を生きる指標になり得る作品です。



何かというと超絶的な英雄が力押しで敵を殲滅するお話をありがたがる作品とは、別物です。別にそういう作品も否定しませんが、あまりに安易な作り方の作品が多いので。現実に自分がやれない世界をのぞくのはスカッとしますが、後には残るものがない。あるとしても、現実と架空世界のギャップと虚しさであることも多いでしょう。

2004年の作品ですが、日本では2006年まで公開がずれ込んだのは、黒人が主役でしかも虐殺を扱ったような地味な作品でデートムービーに向かないという判断が、配給会社にあったのでしょう。確かに地味です。でも、名作です。映画評論家の町山智浩さんがプッシュしたおかげで、ようやく公開になりましたが、何回もリピートしました。

作品は観ていただければ、それぞれ感想は持つでしょうから。自分は、エンドロールでグッときます。エンドロールで流れる歌『Million Voices』と、その訳詞がもうグッと来るんです。ワイクリフ・ジーン氏の渋く力強い歌声が、本当に魂の叫びといいますか、深く重く響きます。興味がある方は、サウンドトラックのリンクも上につけておきましたので、どうぞ。

   

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